1970年代、熊本の放送事情

当時熊本には民放が2局しかありませんでした。
しかもテレビ熊本は出来たばっかりで、テレビ専門です。
TKUすなわちテレビ熊本UHFのことです。
UHFはウルトラハイフリクェンシーのことです。
UHFの周波数帯で放送していました。チャンネルは37です。

もうひとつの民放がRKKです。
もちろん熊本放送のことですが、
RKKとはラジオ熊本株式会社の頭文字ですね。
つまりこちらは最初、ラジオ局だったのです。
その後テレビ放送も始まり、熊本放送となりました。
テレビのチャンネルは11です。

ちなみにNHK総合は9チャンネル、教育テレビは2チャンネルです。
チャンネルを合わせることを当時は
「9にする」「11にする」「2にする」「37にする」と表現する人がいました。
古い方は今でもこのような呼び方をしているのかもしれません。

民放テレビはこの二つだけでした。
民放ラジオはRKKだけでした。
「だけでした」と言うのは民放のFM局も全くなかったのです。

そういう事で当時
ラジオはNHK第一、NHK第二、NHK−FM、RKKの
四つが放送されていましたが、民放はRKKだけです。
NHKは今よりもずいぶん硬かったので、
なかなかダイアルを合わせませんでした。
必然的にラジオを聞くという事は、RKKを聞くという事になったのです。
周波数は1197キロヘルツ。

あのころの熊本に引越しをしたい

そして、当時のRKKラジオは無茶苦茶面白かった。

そのころはJPOPもラップもヒップポップもありませんでした。
ニューミュージックが成長過程であり、パンクやテクノが生まれる頃です。
海外からの音楽は洋楽、ロック、ポップス、ポピュラー音楽などと呼んでいました。
それに対して日本人アーティストの音楽は、
邦楽、歌謡曲、フォークなどと呼んでいました。

ラジオ番組には洋楽番組、邦楽番組、リクエスト番組、情報番組、クイズ番組などいろいろな種類があり、生放送が主流でした。
リスナーから葉書をだしてもらい、
良さそうな人に電話をして会話をして
リクエスト曲をかけるというような番組もたくさんありました。
「電リク」などという言葉もよく使っていました。(電話リクエストのことです)

このサイトで話題にするのは、
RKKのランキング番組「ジャンピングポップス」です。
1970年代中期に週末の夜にやっていました。